森林では高さの異なる植物が共存し、垂直方向に層をなしている。植物の種によって到達できる高さに違いがあり、森林の最上層(林冠)を構成する種を高木、それよりやや低い種を亜高木、林冠に到達しない種を低木、最下層に生えている植物を林床植物などと呼んで区別する。同様に、種を区別しない場合の個体や葉群についても層構造を認めることができる。この層構造(英語ではstratification)のことを最近は「階層構造」と呼ぶことが多い。高校生物の教科書でも「階層構造」という語が使われている。
しかし、日本語の「階層構造」は、一般的には「社会組織構造」(例えば、平社員→係長→課長→部長→社長)について、自然科学では「入れ子構造」について用いるのがふつうである(英語ではhierarchy)。自然科学の入れ子構造の例としては、物理学(素粒子→陽子・中性子→原子→分子)、生物学(分子→細胞→個体→個体群→群集→生態系→景観→生物圏、また、個体→種→属→科→綱→門→界)、天文学(太陽・惑星→太陽系→銀河系→宇宙)などの例がある。
一方、森林の層構造のような「積み重ね構造」については、自然科学では「成層構造」という用語をあてる場合が多いようだ。例としては、地球の大気(対流圏→成層圏→中間圏→熱圏→外圏)や地殻(内核→外核→マントル→地殻)がある。ただし、土壌の場合は単に「層構造」と呼ぶのがふつうである(基岩→C層→B層→A層→落葉落枝層)。
『森林生態学』(2011、共立出版)を編集するときに、森林の層構造と生物学の入れ子構造の双方を記述するのに同じ「階層構造」という言葉が使われていること、また、ひとりの著者だけが前者に対し「成層構造」という用語を使っていることがわかった。そこで用語を整理する必要が生じ、編者・著者で相談した結果、森林の層構造に対しては「成層構造」を用いるべきという結論に落ち着いた。
日本語の文献で森林の層構造がどのように呼ばれてきたか調べてみた。調べてみると、「成層構造」という用語もかつては結構使われていたことがわかった。私の印象では植物社会学の影響で「成層構造」ではなく「階層構造」が主流になったのではないかと思われた。植物社会学の文献を見ると「階層構造」という組み合わせは意外に出てこないが、「階層」だけなら必ずと言っていよいほど出てくる(ブラウン‐ブランケ『植物社会学』など)。植物社会学では、植生調査の際に階層ごとに被度を記録するためである。「階層」に慣れ親しんでいると、「階層構造」という用語が自然に出てくるのだろう。
成層構造
依田恭二(1971)『森林の生態学』築地書館
小川房人(1974)『熱帯の生態I』共立出版(層構造とも)
リチャーズ(植松真一・吉良竜夫訳)(1978)『熱帯多雨林』共立出版
田川日出夫(1982)『植物の生態』共立出版(ただし、プランクトンについて)
層構造・断面構造
小川房人(1980)『個体群の構造と機能』朝倉書店
吉良竜夫(1983)『熱帯林の生態』人文書院
階層構造
沼田真編(1959)『生態学体系Ⅰ巻植物生態学1』共立出版
佐々木好之(1973)『植物社会学』共立出版
伊藤秀三編(1977)『群落の組成と構造』朝倉書店
ホイッタカー(宝月欣二訳)(1979)『生態学概説第2版』培風館
飯泉茂・菊池多賀夫(1980)『植物群落とその生活』東海大学出版会
中西哲ほか(1983)『日本の植生図鑑〈I〉森林』保育社
堤利夫編(1989)『森林生態学』朝倉書店
文部省・日本植物学会(1990)『学術用語集植物学編(増訂版)』丸善
四手井綱英・吉良竜夫監修(1992)『熱帯雨林を考える』人文書院
『生態学事典』(1974、築地書館)には、階層構造と成層構造両方の項がある。
階層構造:植物群落内にみられる葉層の成層構造
成層構造:環境条件の変化に従って植物群落や動物群集に現れる層構造。水平的成層構造と垂直的成層構造とがある。
『生物教育用語集』(1998、東京大学出版会)には、階層構造の項があり、『生態学事典』(1974、築地書館)とほぼ同じ説明(植物群落…層状構造)がされており、以下のように補足されている。この補足は、田川(1982)『植物の生態』の用例を指しているように見える。
類似の概念である成層構造は一般に分布が層状になる場合をさすので、湖沼におけるプランクトンの分布などにも用いる。
『生物学事典(第4版)』には「階層構造」の項はなく、「階層的構造」という項がある。そして、「階層的構造」はstratificationではなく、hierarchyを意味する。
posted by なまはんか at 18:02|
覚え書き
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