2016年01月18日

なぜconiferを球果植物というのか?

coniferのことを球果植物というが、どうしてなのか不思議である。
coneを持つからconiferなのだが、英語からわかるようにconeとは円錐のことであり、球のことではない。

アイスクリームのあれとか、工事現場に置いてあるあれですね。

なので、coneを直訳すれば「円錐果」となる。
だれが、最初にconeを「球果」と訳したのだろうか?

江戸時代の本草学者宇田川榕庵(1798-1846)は、その著書『植学啓原』(1834年)でリンネの分類体系を日本に紹介し、多くの植物学の術語を作った。しかし、彼が球果について参考にした本(ショメール『家政百科事典』オランダ語版)にはconusをcomusとする誤植があったそう(『宇田川榕庵植物学資料の研究』)で、そのせいか「檜果」という表現を用いている。本草学者伊藤圭介(1803-1901、後に理学博士、東京大学教授)が監修し、松村任三(1856-1928、当時東京大学矢田部教授の助手、後に教授)が著した『植物小学』(1881年)でも「檜果」が用いられている。

明治10年に創設された東京大学の初代植物学教授矢田部良吉(1851-1899)は、留学先のアメリカで師事したグレイの著作を翻訳して『植物通解』(1883年=明治16年)として出版し、その中でconeを「毬果」と訳している。

1886『植物学語鈔』松村任三著,丸善商社ではconeは「毬果」とされている。
1891『植物学字彙』大久保三郎ら編,丸善商社でも、cone、conusは「毬果」とされている。
1893『植物学教科書』松村任三著では「鱗穂」が用いられている。

「球果」という術語は、1899『近世植物学教科書』(初版)大渡忠太郎著、松村任三校閲,大阪開成館に確認できる。

日本製の植物学用語は20世紀初頭の短い数年間に,留日学生の編訳書を介してどんどん中国に移入されたという(http://www.urayasu.meikai.ac.jp/japanese/meikainihongo/7/Zhu.pdf#search='%E6%A4%8D%E5%AD%A6%E5%95%93%E5%8E%9F')。1903-1918年の間に中国で出版された植物学書に見られる日本製用語には「球果」はあるが、「毬果」はない。

ラベル:生物学
posted by なまはんか at 22:24| 覚え書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月31日

照葉樹と硬葉樹

日本の生物学の教科書では、常緑広葉樹林を、熱帯多雨林・亜熱帯多雨林・照葉樹林・硬葉樹林と分けて分類している。熱帯多雨林・亜熱帯多雨林はそれぞれ、熱帯・亜熱帯の湿潤地域に成立する常緑広葉樹林である。照葉樹林・硬葉樹林は、いずれも温帯湿潤地域に成立するが、照葉樹林は夏雨型の気候にあり、硬葉樹林は冬雨型の気候にある。亜熱帯多雨林は、亜熱帯を温帯の一部と考えれば照葉樹林に含まれることになり、実際日本の亜熱帯林(沖縄・奄美)は照葉樹林とされることも多い。「照葉樹」とは日本だけで使われている言葉で、もともとはlaurel forestの翻訳である。元のlaurel forestは、カナリー諸島の常緑広葉樹林などを言い表す言葉であるが、カナリー諸島の常緑広葉樹林は実は地中海性気候にある。なので、照葉樹林と硬葉樹林ははっきり区別できるものではない。熱帯林が薄くて大きい葉を持ち、硬葉樹林が硬くて(したがって厚くて)小さい葉を持つのに対し、照葉樹林は中型で光沢のある葉を持つのが特徴とされる。けれども、硬葉樹だって光沢があり、照葉樹だって硬い葉を持つので、違うのは大きさだけということになる。で、その葉の大きさも実のところ、大きい葉の硬葉樹もあり、小さい葉の照葉樹もあるので、あくまで程度の違いにすぎない。
 
そういうわけで、照葉樹と硬葉樹は連続しているのだが、硬葉樹は夏の乾燥に対する適応といわれるのに、夏の乾燥がない照葉樹がなぜ硬葉樹に似た葉を持つのであろうか?これにはっきり答えた研究はまだないようだ。硬葉樹が夏の乾燥に対する適応というのも、実は証明された事実ではなくて、そのほかに栄養塩の保存や植食者に対する防衛という説もある。
 
はっきりした寒い冬のある気候に成立する照葉樹は、冬の寒さへの適応という考えもあるかもしれない。しかし、寒い冬も夏の乾燥もない熱帯山地林も照葉樹林とよく似ているので、それは無理だと思う。そうすると、植物の生育を多少とも制限する要因(硬葉樹林の夏の乾燥、照葉樹林の冬の低温、熱帯山地林の一年中の低温)があると、照葉~硬葉シンドロームが発達すると考えたほうがよいのでは。そうだとすると、照葉~硬葉シンドロームは特定の気候条件では説明できず、栄養塩の保存や植食者に対する防衛という説が正しいのかもしれない。その証拠に、照葉樹林にも硬葉樹林にも、照葉~硬葉を持たない種が存在する。これらの薄くて大きい葉を持つ種は、葉の寿命が短い先駆種的な種である。たとえば、カリフォルニアの硬葉樹林には夏季落葉性のトチノキがある(https://vegetation.seesaa.net/article/a4463137.html)。照葉~硬葉を持つ種は、葉の寿命の長い極相種であり、葉を長持ちさせるために植食者に食われにくい照葉~硬葉を持つのではないだろうか。
 
 
ラベル:生物学
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2014年03月28日

ヤマアイ

イングランド南部の石灰岩地(アルカリ性土壌)の発達した森林では、高木層でヨーロッパブナが優占することが多い。
林床では、しばしばDog's mercury (Mercularis perennis)が優占する。日本のヤマアイと同属。
トウダイグサ科の多年生草本である。ヤマアイ属はすべて雌雄異株のようだ(日本の野生植物)。
 
やはり石灰岩地に分布が限定されるツゲと一緒にブナ林に生えている様子はこちら。 
 
こちらは未固結石灰岩(チョーク)上のハシバミの萌芽再生林。林床にヤマアイが群生している。中央の低木はやはり石灰岩植物のツゲ。Princes of Risboroughにて。
イメージ 2
 
メス個体。 写真をとったのは7月。もう花はほとんど終わっていたため、オス個体は見かけなかった。
イメージ 1
 
雌花。3数性なのが、トウダイグサ科っぽい。
イメージ 3
 
ヤマアイ属はユーラシアに分布し、ヨーロッパに種が多い。日本を含むアジアにはヤマアイ1種が分布する。日本でも石灰岩地に多いらしい。
 
Dog's mercuryのmercuryは水銀だが、学名からきたのか、学名が後付けなのかわからない。
この植物が毒を持つことと関係していそうだが、Wikipeidaには人名(イタリア人のGirolamo Mercuriale)にちなんだ学名と書いてある。
図鑑を見ると日本のヤマアイは染料につかわれたことは書いてあっても、有毒であるとは書かれていない。
 
dogは"false" or "bad"を意味するらしい。日本語のイヌと同義であるが、偶然なのかどうか。
 『新明解国語辞典』では、造語成分としての「イヌ―」には以下のような意味だと説明されている。
役に立つ植物の何かに形態上は似ているが、多くは人間生活に直接有用ではないものであることを表す。にせ。「―タデ」
このような「イヌ―」の用例は日本古来からあるのだろうか。それとも英語のdogの翻訳であり、明治以降に新たに作られた表現なのだろうか?
『例解古語辞典』には以下のような説明がある。
「いぬ」には接頭語としての用法もある。似て非なるものの意味を表す。植物名によくみられる「犬桜」「犬槙」「犬黄楊」「犬蓼」「犬辛夷(こぶし)」の類はこれである。
ネット上では「否(いな)」に由来するとの説明が多いが、誤りだろう。
ラベル:ヨーロッパ
posted by なまはんか at 21:41| イギリスの自然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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