カリフォルニアの植生は、大地形とそれに影響される気候によっておおまかなパターンが決まっている。
カリフォルニア州は東西約300km、南北約1300kmに渡る。南北に長いので、一番南(北緯32度)と北(北緯42度)ではずいぶん気温が違う。ここではセントラルバレーがある範囲、北緯35度から40度までの範囲を考える。
まず大地形。海岸(西)から内陸(東)に向かって、ほぼ100kmずつの3つの帯状の地帯に分けられる。海岸山地(Coast Ranges)、セントラルバレー(Central Valley)、シエラネバダ山脈(Sierra Nevada)である。
日本上空と同じように大気は西から東へ移動する。太平洋上の湿った空気は、まず海岸山地を越えて上昇する際に降水をもたらす(断熱膨張による気温低下で飽和水蒸気量が低下、水蒸気が凝固して雲を生じる)。この降水後の乾いた空気が下降していくため、セントラルバレーは乾燥気候になる。同様に、セントラルバレー上の乾いた空気は、東にあるシエラネバダを越えていく。シエラネバダは海岸山地より高いので、海岸山地よりも乾いた空気であっても降水をもたらすことができる。シエラネバダを越えた空気はいっそう乾いた状態で東斜面をグレートベースン(Great Basin)へと下降していく。
北緯37~38度の部分で、気象データを見てみる。
海岸のサンフランシスコ(標高2m)。
年平均気温:13.9℃、年降水量:497mm
海岸山地のタマルパイス山(標高290m)
年平均気温:データなし、年降水量:1098mm
セントラルバレーのマーセド(標高46m)。
年平均気温:16.5℃、年降水量:305mm
シエラネバダ西斜面のヨセミテバレー(標高1200m)。
年平均気温:11.9℃、年降水量:926mm
シエラネバダ東麓のビショップ(標高1260m)。
年平均気温:13.3℃、年降水量:137mm
サンフランシスコの気温が低いのは、沿岸を流れる寒流(カリフォルニア海流、California Current)のため。太平洋上を西からやってくる湿った空気は、まずこの寒流の上を通るので、冷やされて霧を生じる。こうやってできる霧を「移流霧」と呼び、日本では三陸~北海道東岸に発生するそうだ。サンフランシスコも'Fog city'と呼ばれるほど霧が多いらしい。下の写真はサンフランシスコの南にあるタマルパイス山から北を向いて撮った写真。西(右)の太平洋側から霧が押し寄せてきている。左の奥にサンフランシスコの街のビル群が霧の上に突き出ているのがわかるだろうか?有名なゴールデンゲートブリッジはその手前の霧の中に沈んでいることになる(晴れていても陸地の陰になって見えないのかもしれないが・・・)。

サンフランシスコの年降水量約497mmというのは、ちょうどぎりぎり森林が成立できない境界条件に近いようだ。年降水量500~900mmの範囲では、地形や山火事の影響によって、チャパラル(低木林)、ウッドランド(疎林やサバンナ)、森林のいずれかになる。ヨセミテバレーやタマルパイス山のように年降水量が900mm以上あれば、針葉樹林が成立する。「生態学的階段」があるフォートブラッグの年降水量は978mm、ミューア・ウッズが930mmである。セントラルバレーからシエラネバダを登っていくと、また、セントラルバレーから海岸へと海岸山地を横断していくと、チャパラル→ウッドランド→針葉樹林と植生が移り変わっていくのが観察できる。
下は海岸山地の牧場の中に立つ木から地衣類(lichen)のサルオガゼ(Usnea sp.、英名はOld Man's Beard, Beard Lichen, Treemoss)が垂れ下がっている様子である。マレーシアのキナバル山だと亜高山帯(標高3000m程度)で同じような状態を目にする。場所はCloverdaleからFort Braggへ抜けるState Highway 128沿い。北カリフォルニアの海岸山地では霧による「水平降水」がかなりの量にのぼるかもしれない。オレゴン州に近い海岸では、年間の「全降水量」の34%を霧が占めると報告されている(Dawson 1998, Oecologia 117: 476-485)。

ちなみにこの木はBiglealf maple (Acer macrophyllum)。なぜかこの種でサルオガゼの生育が顕著。カリフォルニアには4種のカエデ属があるが、その中で一番普通種。アメリカ全体では14種ある。APGではカエデ科(Aceraceae)をムクロジ科(Sapindaceae)に含める。
ここまで気候について年平均気温と年降水量だけ見てきたが、特に降水量は日本と単純に比較はできない。というのも、カリフォルニアは地中海性気候で、夏は極端に雨が少なく、逆に冬には大雨になることもある冬雨型だからだ。なので、夏雨型の日本と同じ年平均気温と年降水量であっても、カリフォルニアのほうがずっと乾燥していることになる。また、気温の季節変化が日本よりずっと穏やかなため、同じぐらいの年平均気温の場所の冬の降水を比較すると、日本では雪でもカリフォルニアでは雨になる。下の写真は、北カリフォルニアの海岸山地Navarro River沿いのレッドウッド林のようす。どの木も地上50cmぐらいのところまでが白くなっていて、冬には洪水が起こるのではないかと推測される。この場所に近いFort Braggの年平均気温は11.8℃、年降水量は977.5mmで、ヨセミテバレーとほぼ等しい(海洋性気候のため、気温の季節変化はさらに穏やか)。

ヨセミテバレーや Fort Braggと年平均気温と年降水量が似た場所を日本で探すと長野市付近になる。長野の年平均気温は11.7℃、年降水量は901mmである。長野は北海道東部とともに日本で一番降水量が少ない場所で、なおかつ気温は北海道東部より高いので、乾燥の程度はより強いことになる。 それでも山火事が頻繁に起こるという話は聞かない。日本が夏雨型のためだ。以下に月別の平均気温(℃、上)と降水量(mm、下)を示す。カリフォルニアは気温の年変動が少なく、降水は極端な冬雨型であることがわかる。日本ほど夏は暑くないが、何しろ降水量が少ない。夏に山火事が起こるはずである。カリフォルニアの植生を見るときには常に山火事の影響を考慮する必要がある。
長野 (北緯37°標高418m)年平均気温:11.7℃ 年降水量:901mm
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
-0.7 -0.3 3.4 10.5 15.7 19.9 23.6 24.9 20.1 13.5 7.4 1.9
44.2 47.5 53.6 59.5 76.0 114.7 137.1 95.0 130.1 70.2 40.9 38.2
ヨセミテバレー (北緯38°標高1200m)年平均気温:11.9℃ 年降水量:926mm
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
2.9 5.3 7.0 10.1 14.0 18.3 22.0 21.8 18.6 13.6 6.8 2.7
156.7 154.5 132.0 81.4 38.0 15.1 9.3 4.5 17.0 41.6 105.8 168.9
フォートブラッグ (北緯40°標高36m) 年平均気温:11.8℃ 年降水量:978mm
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
183.5 147.9 138.7 73.2 35.8 12.4 2.3 5.8 14.1 70.6 120.0 172.1
ラベル:気象学
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