2013年06月01日

里山

「里山」は、日本の農村にある二次林を指す言葉としてすっかり定着しているが、一般的に用いられるようになったのは比較的最近のことらしい。特に京都大学農学部林学科森林生態学講座の初代教授(前任教授から講座を引き継ぐときに造林学講座から改称)であった四手井綱英が「農用林」を表す言葉として使い始めて、広く使われるようになったようだ(『森林はモリやハヤシではない』)。吉良竜夫も里山は四手井の造語らしいと書いているそうだ。
 
四手井自身は、自分で思案してこの言葉を思いついたと回想しているが、昭和初期に東北地方で深山・奥山に対する言葉として広く使われていた言葉であるらしい(有岡利幸『里山II』)。四手井は京都大学に移る前、秋田営林局(東北地方が管轄)に勤務しており、そのときにこの言葉を耳にしていたはずだという。江戸時代の秋田藩の文書や、1950年代に発刊された秋田営林署の機関誌でも、「里山」という言葉が使われているらしい(岡本徹 in 須賀丈ほか『草地と日本人』築地書館)。なので、四手井が里山という言葉を造語したというのは、勘違い・錯覚である可能性が高い。
 
四手井の意図は、林学で通用していた「農用林」が一般の人にはわかりにくいのを、易しい表現に変えようというものであった。なので、農業と直接の関係のない薪炭生産専用林を里山に含めることに四手井は反対している(『森林はモリやハヤシではない』)。そして、中国・ネパールには里山はあるが、東南アジアやヨーロッパにはないと述べている。
 
しかし、今では里山という言葉は、農用林だけでなく、薪炭林も含めて「漠然とした一般用語として村里の裏山程度に思って使われて」いるのが実態であろう。研究者の間でも、薪炭林はもちろん周辺の農地なども含めた景観として里山という言葉を用いるのがふつうである。大住・深町の定義では「日常生活および自給的な農業や伝統的な産業のため、地域住民が入り込み、資源として利用し、攪乱することで維持されてきた、森林を中心としたランドスケープ」ということになる。このような一般的な定義にすると、里山は日本独自のものではないことになり、ほとんど「山村景観」というような言葉と同義になってしまう。
 
農用林とは、農地に肥料を供給するための芝(「刈敷」)を採取するための二次林である。日本の里山では、農地と森林が隣接していることが多いが、これは農用林の機能を考えると合理的であり、四手井はこのことをヨーロッパの農村(農地と森林の間に放牧地が挟まる)と比べた時の日本の里山の特徴だと指摘している。しかし、そのような機能的な解釈には、私は疑問を持つ。むしろ日本の急峻な地形の制約がそのような土地利用をもたらしたと考えるべきだろう。日本では農地はふつう水田であり、川沿いの平坦な沖積地やその周辺の緩傾斜地を棚田にして利用する。その背後は台地や山地の急斜面となるので、水田にしようがなく、森林のままとして利用するほかはない。日本で農地と森林が隣接することの一番の理由は、このような地形の制約だと思われる。このことは川喜田二郎も指摘している(里山という言葉は使っていないが)。これに対しヨーロッパでは一般に地形がなだらかなので、大規模な牧場が延々と続き、森林が混じることはほとんどないのだろう。
 
四手井は「ヨーロッパで日本の里山的な景観を強いて求めるなら、英国ではなかろうか」と述べている。大陸と違って牧場の規模が小規模で、牧場の中に生け垣などの樹群があり、針葉樹の小規模な植林もある。特にスコットランドのローモンド湖周辺が日本の景色に似ているという。
 
私の感想では、大陸氷河に浸食されたなだらかな地形のローモンド湖周辺( https://vegetation.seesaa.net/article/a14206394.html)はむしろ典型的にヨーロッパ的で、ロンドン近郊のチルターンやウェルドあたりの景観がむしろ日本の里山を思わせた。特にチルターンでは、台地の縁の急斜面は放牧場ではなく森林になっている場所が多く(https://vegetation.seesaa.net/article/a14195536.html)、その下の緩斜面に大麦畑(輪作するので別の年には牧草地になっているかもしれないが)がある場所なども見た。 イギリスでもヨーロッパの他国と同様に、森林は農用林という側面(放牧地の柵の供給など;https://vegetation.seesaa.net/article/a14365848.html)よりも、材や薪の供給(ロンドンへ)という林業用という側面の方が大きいだろう。イギリスでも地形の制約がある場所では農地と森林が隣接することがありうるのである。 
 
ラベル:生物学
posted by なまはんか at 14:08| 覚え書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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