この植物は、初島(1980、『琉球の自然史』)によると、イソフサギなどとともに、琉球列島に分布する植物の中では数少ない「オーストラリア方面から侵入したと考えられるもの」のひとつとされている。
さまざまな文献によると本種の分布は以下のとおり。
初島(1972)植物研究雑誌47:181-186. 琉球、中国(東沙諸島:実効支配は台湾)、オーストラリア、ニューカレドニア、韓国(済州島、英文末の分布地のまとめに出てこないが英文本文中には標本への言及がある)
『改訂鹿児島県植物目録』(1986)馬毛島、宝島、奄美諸島(各島)
『Flora of Taiwan 2nd ed. vol. 2』(1986) known only from Lanyu and Lutao
『増補改訂琉球植物目録』(1994):各島(大東を除く) 海岸
『琉球列島維管束植物集覧改訂版』(1997):琉球諸島、海岸.トカラ列島宝島以南の琉球列島以外では、馬毛島、紅頭嶼、火焼島、華南、豪、ニューカレドニア
ここまでは、「オーストラリア方面から侵入した」という上の記述と矛盾しない。ところが、最近の文献では以下のとおり、アフリカ原産で、オーストラリアでも東アジアでも外来種ということにされている。
『Flora of China vol. 8』(2001) Roadside, waste palces, Guangdong, Taiwan [native to Africa]
『Flora of Japan vol. IIa』(2006) Japan (Tanegashima and Ryukyu. Roadsides, wet areas, disturbed places), Taiwan, China; native to Africa
どうやら、この記述の根拠はアブラナ科の分類学者の以下の文献らしい。
Al-Shehbaz (1986) J. Arnold Arboretum 67: 265-311.
この論文に以下のような記述がある。
Coronopus integrifolius is indigenous to Africa and is now naturalized in Australia and easternAsia.
しかし、この記述の根拠となる文献は示されていない。おそらくこの論文が発表された1986年時点では、Coronopus属が10種からなるまとまりのある属だと考えられ、ヤンバルガラシ以外の9種すべてがアフリカ(5種)または南米(4種)産であることから推定したにすぎないのではないかと思われる。
ところが、その後の分子系統学的研究により、Coronopusは多系統群であり、汎世界分布のLepidium属(狭義では約175種、広義では216種)に含まれることが示唆されてきた(Al-Shehbaz et al. 2002 Novon 12:5-11)。そうだとすると、上のCoronopus属の分布に基づくヤンバルガラシの原産地がアフリカであるという推定は根拠がないことになる。
とりあえず、ニューカレドニアではヤンバルガラシは自生種と考えられているようだ(Morat et al. 2001 Adansonia 23: 109-127)。生育地は石灰岩地(珊瑚礁起源のものと堆積岩性の2種類がある)の砂浜とその後背地に限られるらしい。
オーストラリアでは、本土では外来種とされているが、グレートバリアリーフの珊瑚礁の島々では自生と考えられている(Batianoff et al. 2009a, b)。南限は南緯23°51′のFairfax島(Batianoff et al. 2009b)。種子は海流散布と考えられている(Batianoff et al. 2009a)。南限近くのヘロン島(南緯23°26′)で3年半(1990年9月~1993年12月)にわたって継続調査した結果では、1992年7~9月にだけ見つかった(Rogers & Morrison 1994)。一方グレートバリアリーフのほぼ北端にあるRaine島(南緯11°36′)では、7回の調査(1959、1961、1973、1981、1987、1991、2003年)で1回(1973年)だけ見つかった(Hopley 2008)。これらからすると、大波や旱魃などの影響を受けやすい小さな島では、個体群が全滅しては、海洋から供給された種子により復活するという過程を繰り返しているのではないかと想像される。
アフリカでの生態と分布についてはAfrican Plant Database(http://www.ville-ge.ch/musinfo/bd/cjb/africa/)とCatalogue of the Vascular Plants of Madagascar(http://www.tropicos.org/Project/MADA)では次のように書かれている。だいたい海岸に生えているようだが、南アフリカでは標高1200m以上の内陸部に生えているようだ。
Trop. Afr.
Biology : Perennial herb to 20 cm tall.
Biology : Perennial herb to 20 cm tall.
Ecology : Edges of pans and coastal lagoons and swamps; low alt. -900- 1500 m.
Warmer regions of the Old World (widespread but sporadic);
S. Africa, Botswana, Namibia, Madagascar.
South. Afr.
Biology: perennial-Herb Ht 0.1 - 0.5 m. Alt 1200 - 1550 m.
Distribution: BOT, NAM, FS, GA, NC, NW, WC
Madagascar (native but not endemic)
Lifeform/Habit: Herb
Vegetation Formation: Dunes and Strand
Bioclimate: Humid
Elevation: 0-499 m
Vegetation Formation: Dunes and Strand
Bioclimate: Humid
Elevation: 0-499 m
海流散布にしては分布が限定されている、また、南アフリカでは内陸に生育している、など非常に奇妙な分布パターンを示す植物である。分子系統学的研究をしたらおもしろそう。
ラベル:生物学
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